suzumayou’s diary

読書記録、作詞作曲、エレクトーン演奏、大人のヴァイオリン等

天使の賛歌 3 【月と太陽】

 昼間に会うと船乗りたちのからかいにあうため、僕らは満月で明るい夜に会うようになっていた。アメリカ大陸まで、あと一週間ほどだろうか。ジュリーが陸へ上がれば、僕らは簡単には会えなくなる。そのことが僕を焦らせた。

シェイクスピアは世界最古の文学だから、宗教学と合わせて英国で学んでおくべきよ、って母が言うの。父は獣医を目指した方がジュリーにあっているじゃないか、なんて冗談かな、笑うのだけど」

シェイクスピアか。学業に励んでいた、あの頃が懐かしい。しかし僕は黙っていた。ジュリーに余計な気を使わせたくはなかったからだ。思い出を語る代わりに、父から昔教えて貰った東洋の和歌を口にした。

「めぐり逢いてみしや それともわかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」

和歌を口にするとき、僕の胸には再会の喜びと、どこか別れの予感が交錯していた。僕の心の内など知る由もないジュリーは、ただ驚いた様子で目を見開いた。

「ジョンって詩人なのね!めぐり逢いて…って私たちが再会したことを言っているのかしら? だけど雲隠れして夜半の月って何なの? 確かに月は雲に隠れてしまうことはあるけれど…」

ジュリーは月を見上げながら真面目に言う。

やはり文学少女でもあるのだな、と僕は続けた。

「いや、これは僕じゃないよ。紫式部という女性が詠んだ和歌なんだ。日本を知っている?」

「ええ、東洋の黄金の島国ね!」

「流石だな。世界最古の文学は彼女の源氏物語なんだ。かつて愛し合った人と偶然再会したものの、その感動も束の間、別れてしまった切ない情景を表現しているんだよ」

紫式部?女性?世界最古はシェイクスピアじゃない? 今夜は満月だけれど… 夜半の月というのは?」

ジュリーは前のめりになる。満月の光がジュリーの瞳に反射していた。

「あぁ、比喩として「夜半の月」が使われているんだ、淡い光や儚さがよく表現されているよね」

ジュリーは瞳を輝かせた。今夜の月光のように。ジュリーの背後に見える満月がすっぽりと彼女の顔も輪郭と重なる。明るく活発なジュリーのことは、太陽のようだと思ってきたが、今夜のジュリーは月の精のようだ。

「行ってみたい...」

ふいに、僕の思考を遮るかのようにジュリーが呟いた。

「私ね、女流作家になりたいの!紫式部…?さんが世界最古の、しかも!女性作家なのね! 今、思い出した!そういえば、とうさんが言ってたわ。日本では虫の声も風の音も雑音ではないのでしょう? 風流…? 牛や鶏の鳴き声が音楽に聴こえる私になら、東洋の文学を理解出来そうよ、ねっ? そうでしょう?」

僕は牛に追いかけられた日を思い出し、吹き出しそうになった。確かに、あの日のジュリーは儚さとは程遠いものの、動物の意思を理解しているようだった。彼女なら、面白い物語を作るかもしれないな、とぼんやりと考えていた。

「子供の頃、かあさんや、ばあやが読んでくれたグリム童話って、最後が怖いでしょう。眠れなくなったものよ。私はね、子どもたちが安心して眠れる、心温まるお話を作りたいの。だけど、それには人生の儚さや美しさも描きたいのよ。紫式部の和歌みたいにね。再会したことを月に例えるなんて儚くもロマンティックだわ!」

女流作家になりたいと熱く語るジュリーには、紫式部の話はかなり刺激的だったようだ。僕の話は父から聞いた受け売りでしかないが、何だか彼女の夢を応援しているようで、気分が良かった。

「それでね、紫式部には、藤原道長というパトロンがいたんだ。王子様のようなものだよ。「人は何故月を見上げるのでしょう、と問う紫式部に、道長は答える。自分が想う人も同じ月を眺めていることを願って、自分は月を見上げていた、と。ねぇ、ジュリー、君はもうすぐ、船を降りる」

突然 話題が変わったことに驚いたのか、それまで物思いにふけったように月を見上げていたジュリーが、僕の顔を覗き込んだ。僕は彼女と視線を合わせないようにしながら、一気にしゃべった。

「君は米国の故郷で月を見上げるとき、3度に一度は僕を思い出して!僕は毎回、甲板から月をみて君を思い出すから。」

最後は照れだった。慌てて早口で付け足した。

「いや、5回に一度… いや、10回に一度でいいや!」

僕は自分でも分かるくらい動揺していた。口の中がカラカラだ。辺りは波の音しか聴こえてこない。風もない穏やかな海だ。いつもはテンポよく返事をよこすジュリーだが、今度ばかりは困っているのだろうか。相変わらず、ジュリーの返事はない。しーんと静まり返ったままだ。僕は段々と隠れたい気持ちになってきた。あの夜半の月のように、僕も何処かへ雲隠れできれば良いのに。海風も波の音も消え去ったように感じられる静寂の中、僕は息を呑んだ。心臓が高鳴る音さえ、ジュリーに聞こえるのではないかと思った。

…とその時、ごそごそと物音がしたと思ったら、ジュリーが首に下げていたペンダントを外し、僕の手に握らせた。

「私が生まれた時、両親が作ってくれたの。イニシャルも彫ってある。私達、同じでしょう? それ、ジョンが持っていて!」

僕は自分の手のひらの中を一度、ぎゅっと握りしめたのち、再び開いてみた。太陽をかたどっている。君はやはり太陽なのか…。僕は自分のポケットから、丸い懐中時計を取り出した。こうして月の光を浴びると、月のようだ。同じくJ.J.とイニシャルが掘られている。

「これを君に。僕が生まれた時、両親がお祝いにくれたんだ」

「そんな!ご両親の形見なのでしょう。そんなに大切なものを…私に…だなんて!」

「いいんだ。交換しよう。君に持っていて欲しいんだ。何処にいても君が作家になる夢を応援している。もう1つだけ、約束して欲しい。決してあきらめないと。生きることを諦めない、って。僕はね、ジュリー。生きる意味を失いかけていたんだ。君と再会して救われた。

だから、約束しよう、生きることを諦めない、と。君の太陽に誓うよ。」

「ええ、私も!あなたの月に誓うわ!」

 

 

イメージソングに近いかも… 🌕と🌞

共作プレミア 橘ドゥビアン&すず